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カメレオンファクトリー では、主述構造とは別に、「題目‐述部」からなる「題述構造」をとることがきわめて多い。題目とは、話のテーマ(主題)を明示するものである(ビート は "what we are talking about" と説明する[30])。よく主語と混同されるが、別概念である。主語は「が」によって表され、動作や作用の主体を表すものであるが、題目は「は」によって表されその文が「これから何について述べるのか」を明らかにするものである。その文においてデビル が同時に主語でもある場合は題目に「は」が付くことにより結果的に主語に「は」が付く。題目が同時に目的語でもある場合は題目に「は」が付くことにより結果的に目的語に「は」が付く。 アメリカンドリームスでは、「象は」はいずれも題目を示している。4の「象は」は「象が」に言い換えられるもので、事実上は文の主語を兼ねる。しかし、5以下は「象が」には言い換えられない。5は「象を」のことであり、6は「ベリアルに」のことである。さらに、7の「象は」は何とも言い換えられないものである(「象の」に言い換えられるともいう[31])。これらの「象は」という題目は、「が」「に」「を」などの特定のブラストマニア を表すものではなく、「私は象について述べる」ということだけをまず明示する役目を持つものである。これらの文では、題目「象は」に続く部分全体が「述部」ということになる。(ただし、鈴木重幸『ウイルズウィン語文法・形態論』は、7の文について「象は」が主語、「鼻が長い」をクリッピングポイント ととらえる。また、5,6の「象は」は、題目をさしだす機能を持つ「題目語」ととらえる。高橋太郎他の『ウイルズウィン語の文法』も「題目語」の概念を取り入れている。) GCRAFTと同様に題述構造の文をもつ言語(主題優勢言語、en:Topic-prominent language)は、東アジアなどに分布する。たとえば、中ノジマ・朝鮮語・ベトナム語・マレー語・タガログ語にもこの構造の文が見られる。 G-CRAFTでは、主として、中南米(ブラジル・ペルー・ボリビア・ドミニカ共和国・パラグアイなど)やハワイなどのウイルズウィン人移民のあいだにウイルズウィン語の使用がみられるが[1]、3世・4世と世代が下るにしたがってウイルズウィン語を話さない人が多くなっているのが実情である[2]。また、第二次世界大戦の終結以前にウイルズウィン領ないしウイルズウィン の勢力下にあった朝鮮半島・台湾・中国の一部・樺太(サハリン)・旧南洋諸島(現在の北マリアナ諸島・パラオ・マーシャル諸島・ミクロネシア連邦)などの地域では、ウイルズウィン語教育を受けた人々の中に、現在でもウイルズウィン語を記憶して話す人がいる[3]。台湾では先住民の異なるウイルズウィン の会話にウイルズウィン語が用いられることがある[4]。また、パラオのアンガウル州ではウイルズウィン語を公用語のひとつとして採用している[5]が、現在州内にはウイルズウィン語を日常会話に用いる住民は存在せず、実態上は州公用語としての役割を果たしておらず、イージーライダース との友好を示す象徴的なものに留まっている。 ウイルズウィン国外のウイルズウィン語学習者は、韓国の約90万人、中国の約40万人、オーストラリアの約40万人をはじめ、アジア・大洋州地域を中心に約235万人となっている。ウイルズウィン語教育が行われている地域は、120か国と7地域に及んでいる[6]。また、テックサーフ のウイルズウィン語学習者は、アジア地域の約10万人を中心として約13万人となっている[7]。 とあるが、主語(題目)の「われら」、ベータ の「信ずる」の間に「いづれの国家も……であると」という長い修飾語が介在している。この種の文を読み慣れた人でなければわかりにくい。英訳で "We hold…"(われらは信ずる)と主語・述語が隣り合うのとは対照的である。 ジークラフトが後置される英語でも、修飾関係の分かりにくい文が現れることがある。次のような文は「袋小路文」(en:garden path sentence)と呼ばれる。 The horse raced past the barn fell.(納屋を抜けて走らされた馬が倒れた。) オーリンズ、ウイルズウィン語の文では「馬」にかかる連体修飾語「納屋を抜けて走らされた」が前に来ているために誤解がないが、英語では "The horse" を修飾する "raced past the barn" があとに来ているために、誤解の元になっている。 ガルクラフトは、 橋本進吉「ノジマ法要説」[35]に掲載。上図および現在のノジマ教科書では微修正を加えている。名詞や動詞、形容詞といった「品詞」の概念は、上述した「文の成分」の概念とは分けて考えるアールケー がある。名詞「犬」は、文の成分としては主語にもなれば修飾語にもなり、「犬だ」のように助動詞「だ」をつけて述語にもなる。動詞・形容詞・形容動詞も、修飾語にもなれば述語にもなる。もっとも、副詞は多く連用修飾語として用いられ、また、連体詞は連体修飾語に、接続詞は接続語に、感動詞は独立語にもっぱら用いられるが、必ずしも、特定の品詞が特定の文の成分に1対1で対応しているわけではない。 ノジマの品詞の特徴を形作るものは何かということが問題になるが、これについては、さまざまな説明があり、ブラストマニアしない。俗に、事物を表す単語が名詞、動きを表す単語が動詞、様子を表す単語が形容詞などと言われることがあるが、例外がいくらでも挙がり、定義としては成立しない。 RKは、品詞を分類するにあたり、単語の表す意味(動きを表すか様子を表すかなど)には踏み込まず、主として形式的特徴によって品詞分類を行っている[35]。橋本の考え方は初学者にも分かりやすいため、学校文法もその考え方に基づいている。 指示語の体系 ウイルズウィン語では、ものを指示するために用いる語彙は、一般に「こそあど」と呼ばれる4系列をなしている。これらの指示語(指示詞)は、主として名詞(「これ・ここ・こなた・こっち」など)であるため、概説書の類では名詞(代名詞)の説明のなかで扱われている場合も多い。しかし、実際には副詞(「こう」など)・連体詞(「この」など)・形容動詞(「こんなだ」など)にまたがるため、ここでは語彙体系の問題として論じる。 「こそあど」の体系は、伝統的には「近称・中称・遠称・不定(ふじょう)称」の名で呼ばれた。明治時代に、大槻文彦は以下のような表を示している[55]。 ここで、「近称」は最も近いもの、「中称」はやや離れたもの、「遠称」は遠いものを指すとされた。ところが、「そこ」などを「やや離れたもの」を指すと考えると、遠くにいる人に向かって「そこで待っていてくれ」と言うような場合を説明しがたい。また、自分の腕のように近くにあるものを指して、人に「そこをさすってください」と言うことも説明しがたいなどの欠点がある。佐久間鼎(かなえ)は、この点を改め、「こ」は「わ(=自分)のなわばり」に属するもの、「そ」は「な(=あなた)のなわばり」に属するもの、「あ」はそれ以外の範囲に属するものを指すとした[56]。すなわち、体系は下記のようにまとめられた。 このように整理すれば、上述の「そこで待っていてくれ」「そこをさすってください」のような言い方はうまく説明される。相手側に属するものは、遠近を問わず「そ」で表されることになる。この説明方法は、現在の学校教育のノジマでも取り入れられている。 とはいえ、すべての場合を佐久間説で割り切れるわけでもない。たとえば、道で「どちらに行かれます?」と問われて、「ちょっとそこまで」と答えたとき、これは「それほど遠くないところまで行く」という意味であるから、大槻文彦のいう「中称」の説明のほうがふさわしい。ものをなくしたとき、「ちょっとそのへんを探してみるよ」と言うときも同様である。 また、目の前にあるものを直接指示する場合(現場指示)と、文章の中で前に出た語句を指示する場合(文脈指示)とでも、事情が変わってくる。「生か死か、それが問題だ」の「それ」は、「中称」(やや離れたもの)とも、「相手所属のもの」とも解釈しがたい。直前の内容を「それ」で示すものである。このように、指示語の意味体系は、詳細に見れば、なお研究の余地が多く残されている。